大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成2年(ワ)11365号 判決

原告

遠藤愛子

外一一名

原告訴訟代理人弁護士

舟木友比古

被告

甲野一郎

訴訟代理人弁護士

根岸隆

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

一原告の請求

(不法行為(横領)の損害賠償として)

被告は、別紙請求金額一覧表の原告名欄記載の各原告に対し、同表損害賠償請求額欄記載の各金員及びその各金員に対する昭和五六年七月六日から支払い済みまで年五分の遅延損害金を支払え。

二事案の概要

1  争いのない事実等

(一)  漁船第五正寿丸は、昭和五五年九月一七日三陸沖において、油送船興凌丸と双方乗組員の過失により衝突大破し、これに乗り組んでいた遠藤貞吉、鈴木一男及び行方隆は死亡した。

(二)  平塚正明は、正寿丸の所有者で船員の雇主であったが、昭和五六年三月六日それぞれの船員の遺族である原告遠藤ら(原告遠藤愛子、渡辺早智子、遠藤秀雄、遠藤功)、原告鈴木ら(原告鈴木てる子、高橋一枝、鈴木一晴、岩間幸枝)及び原告行方ら(原告行方としえ、行方考浩、行方美和、行方敏美)に、死亡船員一人当り二〇〇〇万円の災害死亡補償金を支払った。

(三)  右の災害死亡補償金は、船員法九三条の遺族補償の規定を実現するものとして船主と組合間で締結された労働協約に基づき、船主である平塚正明から雇用船員の遺族に給付されたものである。(乙五により認める。)

(四)  原告らから興凌丸船主に対する損害賠償請求、訴訟行為、和解、和解金の受領の委任を受けた被告甲野弁護士は、昭和五六年六月七日相手方と和解し、遺族損害の和解金を受領したが、そのうち六〇〇〇万円については、右(二)のとおり平塚正明が災害死亡補償金合計六〇〇〇万円を支払ったことにより、平塚正明がこれに代位しているとの解釈のもとに、原告らには引き渡さなかった。(弁論の全趣旨により認める。)

(五)  原告らは、被告甲野弁護士が右の六〇〇〇万円を横領したものとして、本訴を起こした。

2  争点

労働協約に基づいて船主が死亡船員の遺族に災害死亡補償金を支払ったときは、船主はその死亡について船員の遺族が第三者に対して有する損害賠償請求権に代位するか。船主が災害死亡補償金を支払うについてその資金を保険で賄っていた場合、代位の適用が無いか。

三争点についての判断

労働者の死亡について第三者が不法行為に基づく損害賠償責任を負担する場合には、労働基準法第七九条(業務上死亡した労働者の遺族補償)に基づく補償義務を履行した使用者は、民法四二二条の損害賠償者の代位の規定の類推により、遺族に代位して第三者に対して賠償請求権を取得するものとされている(最高裁昭和三六年一月二四日判決民集一五巻一号三五頁)。この代位に関する法理は、船主が船員法第九三条の遺族補償の規定を実現するものとして協定された労働協約に基づき災害補償金を支払った場合にも等しく妥当するものといわねばならない。したがって、労働協約に基づいて船主が死亡船員の遺族に災害死亡補償金を支払ったときは、船主はその死亡について船員の遺族が第三者に対して有する損害賠償請求権に代位するものと解される。

そして、船主が災害補償金を支払うに当たって、その資金をいかなる方法によって調達したのかは、補償金の支払を受ける遺族の利害になんら影響するものではない。また、右の代位の法理は、同一の損害について債権者に二重の利得を得させないとの考えに基づくものである。そうであれば、船主がどのような方法で補償金支払の資金を調達したかによって、代位の効力が発生したり、発生しなかったりするものではないと解するのが相当である。

したがって、船主が保険によって資金を調達していた場合には代位の規定の適用がないかのようにいう原告の主張は、採用することができない。

以上のとおりであるから、被告甲野弁護士が遺族の受領すべき和解金を横領したとする原告の請求は、理由がなく、棄却を免れない。

(裁判官淺生重機)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例